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あなたの車の主治医です。


自動車の3大発明

・内燃機関(エンジン)
・空気入りのタイヤ
・デファレンシャル

実は、100年以上前に発明されたこれらのものは、今でも、クルマの大きな主流である。
どんなに技術革新があったとしても、それは、他業種からの応用だったり、既存の技術の組み合わせに過ぎず、それ以降自動車産業で、発明と呼べるものはこの100年間、いまだに、ない。

これらの技術や、開発者を否定するつもりは毛頭ない。
ハイブリッドも素晴らしいだろうと思うし、今後出てくるであろう車車間通信システムもすごいと思う。
しかし、これらは環境や、事故削減のためのもので、運転者が主導のものではない。
それ以外にも、数々の運転者の補助システムなるものが世に出ては、消え・・・を繰り返している。

本来事故や、運転者の負担を軽減する目的で作られているが、それらが逆に、新たな事故の引き金になっていることもあるということ。おそらく、消えてしまう技術の中には、そんな理由もあるのではないかと推測する。
例えば、車庫入れが苦手な人が多いから、バックモニターを付けて、クルマに自動的に車庫入れさせましょうとか、本来運転するのは人で、乗せられているものではないわけだから、勝手に車が動いたり、運転者よりも早く車が反応するシステムでは、もう運転する必要がなくなる。
そもそも車庫入れなどは、教習所で習っていて、免許を持っているということは、それができているということではないのか?逆にいえば、そういった基本的な技術は免許を持っている以上、技術向上させる努力も運転者の義務ではないのか?

個人的には、運転をする人間の技術や、感覚に勝るものはないと考える。運転者としての技術や、感覚が伴わない限り、公道はのらないほうがいい。他の人に迷惑になる。
だから、どんなに優れたシステムでも、補助することはできても、それに取って代わることはできない。

本来なら、免許制度や、クルマの作り方、道路のルールなど、社会の枠組みから全体的に取り組まなければならないのが今の日本の自動車社会なのではないか?

そして、メーカーは、本当の意味で、運転者が安全に運行するための技術開発をするべきだと思う。

もし、今後、クルマから運転する楽しみというものが消えてなくなり、もう決められたクルマ以外乗ってはいけないというのであれば、私は、クルマはもう所有しないし、運転もしない。

なぜなら、事故をする危険性や、人を傷つけてしまうかもしれないリスクなどを持った緊張感を含めて運転が好きだから。

今後おそらくまた、100年(何百年)に一度の発明があるかもしれない。もし、私の生きているうちに
これらの発明に勝る、まさに自動車産業に革命がおこるときになったら、今の自分の考えや、職業を考え直すかもしれない。

クルマに乗るすべての方へ

 〜TOYBOXからのメッセージ


あなたにとってのクルマって何ですか?
道具?足?趣味?・・・
人それぞれ価値観は違うもの。

わたくし事ではあるが、ぜひ、みなさまに聞いてほしい、クルマの話です。
私にとって車はあこがれでした。愛すべき相棒でもありました。
初めて自分のクルマを手に入れたのは、10年落ちのホンダアコードCVCC 3ドアハッチバック 5MTでした。知人にただで譲り受け、父親が車検代を出してくれて…それからの私の毎日は激変しました。
私は、本田総一郎氏を尊敬していたこともあり、”ホンダ”が好きでした。そんな私にとって、アコードはいくつもの喜びを私に与えてくれました。
その存在があるだけで、毎日が充実していました。幸せでした。
時には、山道を攻めたり、ときには引っ越しの荷物を積んだり、時には、彼女を乗せてドライブしたり・・・、ついには、そのくたびれたクルマで、サーキットライセンスを取るために筑波サーキットを走ったこともありました。

そんな当時の大事な相棒を、当時、メカニックの卵だった私は、不注意からエンジンを焼きつかせるという失態を犯してしまいました。
私には、とてもつらい経験です。愛車アコードをなくしてしまい、自分が壊してしまったそのことに、本当に悔しくて泣きました。"アコードに悪いことをした"と。まだ乗れたはずなのに。

こんな風にクルマのことを考えていた若者が、5年のメカニック修行を経て、1994年にGarageTOYBOXを開店しました。
思い起こすと、クルマは違えど、"長く大事に、快適に乗る"というTOYBOXのコンセプトは、このときの経験から来ているのかもしれません。

いつからか人々の車に対する価値観が時代と大きく変わったのはわかります。
でも、エンジンがついて、タイヤがついて、道路を走るというのは、自動車が誕生して100年以上過ぎた今も何ら変わることはありません。

変わらない、変えられないものがあるんです。


もしかすると、変わったものの中には、変わってはいけないものもあったのではないかと思います。

自動車産業が冷え込んでいるから、国を挙げて何とかしようと取り組んで、エコカー減税などというものをやっているがこれでは、”エコカーに乗り換えれば、税金が安いですよ、安くしますよ〜”と、デフレの典型的な、つぶれる価格競争をしているようなもの。
しかもその政策は、旧い車、エコカーでないクルマ、乗り替えないのは、"悪"ともとれる。

元を正せば、高度経済成長期にアメリカに追いつけ追い越せで、がむしゃらに働き、豊かになるにつれ、大量にものを作り、大量に売り、駄目になったら、新しいものに買い替え、という使い捨て文化を、何百万もする車にまで広げてしまったことに端を発するのではないだろうか?

販売優先、直して動いても新しいのを売りつける。

言葉は悪いが、今でもこの風潮は変わらない。でもクルマは機械で、品質も向上している。当然壊れにくくなっているのに、なぜ乗れる車を買い替えなければいけないのか?

国を挙げて、過去の自動車の保護をしろ、というのではない。
しかし、古くなってしまったクルマを、それを所有している人たちを何らかの形で、肯定、保護しなければ、確たる自動車文化があるのに、日本の自動車は、文化にはならないし、残らない。

だからこそ、あえてそれにのせられることなく、クルマの整備をしている者として、
国の方針に対し、絶対に"No"を突きつける。
エコカーに乗り替えるよりも先に、今やるべきことがあると思う。
エコカーでなくてもやれることがある

気に入った旧い車を大事に乗られている方にも、
ぜひ!大好きなご自身のクルマで"エコ"に取り組んでもらいたい。

私は、
自分の" エゴ "で" エコ "にこだわる。